東京高等裁判所 昭和34年(く)92号 決定 1960年1月26日
少年 I(昭一七・五・一九生)
主文
原決定を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告理由の要旨は、(一)原決定には重大な事実の誤認がある、即ち原決定は、少年IがN、Kの両名と共謀の上、昭和三四年五月一一日東京都大田区矢口町九四番地先多摩川辺においてF子(当時一七年)を強姦したと認定しているが、少年IはNらと共に同女を強姦しようとして同女の身体の上に乗つたが、初めてのことでまごつき姦淫することができず、未遂に終つたものであり、原決定の事実認定の資料となつた審判調書、少年又は被害者の各供述調書、調査官の調査の結果、医師の診断書等のいずれによつても強姦既遂の事実を認めるに足りない。次にまた原決定は、少年Iが同年六月一三日試験観察に付せられ一旦帰宅したが両親の反対を押しきつて家出をし、渋谷附近のテキ屋○田組のT某方に身を寄せていたが、両親の説得により一応帰宅したものの四日ばかり働いたのみで再び無為徒食の生活をくり返し、暇さえあれば盛場を徘徊しているうち、八月五日再び家出して右○田組に身を寄せ、露店商などをして暮していたもので、このまま放置すればやくざへの転落が必定であり、将来再び罪を犯すおそれがあると認定している。しかし少年Iは同年六月二一日任意に帰宅し就職の世話を依頼し六月二六日から○秀商工有限会社に板金工として引き続き働いていたものであり、八月五日に家出した理由は、友人○谷某から預つた麻雀牌を又貸した友人から取り戻せないので新しく買つて返すため、その代金三千円を借りる目的が渋谷へ行き、アルバイトとして○沢某方の手伝をしていたのである、少年とテキ屋仲間とは盃を交わしたこともなく、さして深入しているわけではなく、その仲間から容易に離脱することができるのである、原決定のこの点に関する認定も重大な事実の誤認である。(二)原決定の中等少年院への送致決定は不当の処分である、少年が二三人の仲間と共に行つたこの度の非行は、甚しく悪質不良なるものではなく、大人の世界の愛情表現行為や犯罪を取り扱つた映画、ラジオ、テレビ等のマスコミにより衝動された少年の一時的気迷であり、少年の通有性である模倣に過ぎない、少年Iに対する鑑別所の鑑別の結果は一般少年の通有性であり、成人になれば平常化し、安定するものである、I少年は仕事に対し長続きをしないわけではなく、前にも○瀬鉄工所に一年以上も勤めたこともあり、○秀商工企業有限会社にも前記のように六月二六日から八月五日まで引きつづき勤めていたのである。今回の窃盗、恐喝未遂、強姦等の非行により少年Iは鑑別所に入れられたが、非行仲間であるN、Kは犯情においてはるかにIより重かつたに拘らず、Kは保護観察の処分に付せられている(Nは逃走中)、Kより犯情の軽い少年Iが鑑別所に入れられたため、却つて同所において悪友を知るようになつた、少年院も鑑別所と同じく、少年を必ずしも善導教化し得ず、むしろ却つて悪化するおそれがある、少年Iは現在自己の非行を深く反省し、ひたすら更生を誓つているのであるが、少年の保護者である両親も兄弟も温い愛情をもつて少年の将来の監督、保護善導を期しているのであるからこの際少年を中等少年院に送致することは不当な処分であるというのである。
そこで関係記録を調査するに、原決定は少年Iについて、
(一)昭和三四年五月一一日K、Nの両名と共謀の上軽自動二輪車一台を窃取した事実、(二)同日午後一〇時三〇分ころ東京都大田区下丸子町三〇三番地路上や同区矢口町九四七番地先多摩川辺において、Y及びF子を恐喝して金品を喝取しようとした事実、(三)右多摩川辺においてY及びF子に暴行、脅迫を加えた後、右三名共謀の上、NがF子を同所草むらに引きずりこみ、仰向けに押し倒して馬乗りとなり、暴れる同女の口や首を押えつけてその抵抗を抑圧し、Iが同女のズロースをはぎ取り、N、Iの順に同女を姦淫した事実、(四)Iが右非行により同年六月一三日東京家庭裁判所の観察に付する決定を受けた後も反省の色もなく、再度両親の家を飛び出し、無為徒食の生活をくり返し、テキ屋○田組に身を寄せ、虞犯の行動をつづけている事実をそれぞれ認定し、少年Iを中等少年院に送致する旨の決定をしているのであるが、少年保護事件記録中のK、N、I及びF子の司法警察員に対する各供述調書、K及びIの審判調書並びに医師吉原次枝作成名義のF子の診断書の各記載と当裁判所の証人吉原次枝の証言とを総合すると、少年Iは、K、Nの両名と共謀の上、昭和三四年五月一一日夜半、東京都大田区矢口町九四七番地先多摩川辺においてF子を強姦しようとして、Nが同女を草むらに押し倒し、Iが同女のズロースをはぎとり、抵抗する同女を押えつけるなどの暴行を加え、静かにしなければ殺すぞなどと申し向けて同女を畏怖させ、Iが同女の身体に乗りかかつて強いて姦淫しようとしたが、これを遂げなかつた事実を認めることができるが、原決定の前記認定のように、その際Iが同女を姦淫した事実を認めるに足りる資料は全く存在しない。もつとも、K及びIの検察官に対する昭和三四年五月一三日付各供述調書には、Iが右強姦を遂げた趣旨の供述記載があるが、前掲の各資料と対照して考えると、右各供述内容は到底措信することができない。
そうすると原決定が前記のように少年IのF子に対する強姦既遂の事実を認定したのは、明らかに事実を誤認したものであり、しかもこれは重大な事実誤認といわなければならない。
よつて本件抗告は右の点において理由があるからその余の抗告理由に対する判断を省略し、少年法第三三条第二項により原決定を取り消し本件を原裁判所に差し戻すこととして主文のとおりに決定する。
(裁判長判事 中西要一 判事 久永正勝 判事 河本文夫)
別紙一 (原審の保護処分決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
(罪となるべき事実)
少年は、
第一 K及びNと共謀の上昭和三四年五月一一日東京都大田区○○町○○○番地○○荘玄関前において○○の所有する軽自動二輪車一台(価格約六万円相当)を窃取し
第二 前記N及び同Kと共謀の上前同日午後一〇時三〇分頃同区下丸子町三〇三番地の道路上を偶々Y(二二年)とF子(一七年)がアベツクで散歩しているのを見かけるや、両名を恐喝するか或いは同女を強姦することを思い立ち、先ずYに対し「煙事をくれ」「金をくれ」などと申し向け、同人が金がないと見るやいきなり手拳で同人の顔面を殴打し、同人等がおびえているのに乗じて両名を同区矢口町九四七番地先の多摩川辺に連れ込み、再び前記Yの顔面を手拳で殴打し始めたので、同人は恐怖の余り前記F子をその場に残して附近の水中に飛び込んでしまつた。そこで前記Nが嫌がる同女を無理に草むらに引きずり込み、仰向けに押し倒して馬乗りとなり、暴れる同女の口や首を押えつけてその抵抗を抑圧し、この間少年がズロースを剥ぎ取り前記N、少年の順に同女を姦淫し
たものであり、法律に照らすと第一の非行は刑法第二三五条に、第二の非行は同法第一七七条第一項、第二四九条第一項、第二五〇条に各該当する。そこで当庁において審理の結果同年六月一三日相当期間当庁調査官の観察に付する旨の決定を受けその行動を観察されることになつた。
しかし少年には反省の色が少しもなく、両親の反対を押し切つて家を飛び出し、少年鑑別所に入所中知り合つた渋谷駅附近のテキ屋○田組の輩下T某に身を寄せていたが、両身の説得により一旦は帰宅したものの僅か四日許り働いたのみで、再び無為徒食の生活を繰り返し、暇さえあれば盛場を徘徊していた。
同年八月五日再び家出して前記○田組に身を寄せ、露天商などをして暮していたもので、このまま放置すれば少年のヤクザへの転落は必定であり将来再び罪を犯す虞があるものである。
(少年院に送致する実質的理由)
少年は、中学二年生の頃から本件共犯者Kと親しくなり、同人の感化で次第に性行が悪くなり不良交遊が激しくなつたので、中学校卒業後環境調整のため叔父の経営する鉄工所に工員として住込みで働くこととなつたが、約一年後帰宅してから再びKとの交際が始まり、同人を通して不良交遊が始まつた。
本件は不良交遊の影響もその一因と考えられるが、試験観察の結果既に少年自身についても性格上家庭だけでは是正し難い問題があることが判明した。
即ち鑑別結果によると、情意面で不安定性、気分易変性、自己顕示性、爆発性などの徴標が顕著であり、日頃の生活態度も粗暴で物事に激し易く、最近はヤクザに憧れを抱いていることが前掲非行事実から推察される。健全な勤労意欲も乏しく、仕事に対する耐久力が欠如していることも定職に長続きしない近況から認定できる。
これに加えて少年の父親は最近病身で仕事をしていないが、少年の指導監督については確固たる方針がなく、母親は少年を過信する傾向があり、実兄等についても期待するところが少く少年の更生を家庭に望むことは不可能である。寧ろこの際少年を矯正施設に収容して、不健全なる環境から少年を離脱せしめると共に、集団訓練を通して少年に健全な勤労意欲と社会適応性を涵養せしめることこそ必要である。
よつて少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項に則り主文のとおり決定する。(昭和三四年八月二一日 東京家庭裁判所裁判官 高井吉夫)
別紙二 (差戻後の保護処分決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
少年は、
昭和三四年五月一一日午後一〇時頃、東京都大田区○○町○○○番地○○荘玄関前に駐車してあつたH所有の軽自動二輪車一台六万円相当をK及びNと共謀して勝手に乗り出して持ち去り三名にて交互にこれを運転して乗り廻して居り、
第一 同夜一〇時三〇分頃同区下丸子三〇五番地先工場街道路に於て、前記K及びNの両名がアベツクで散歩中Y(二二年)及びF子(一七年)を発見し、Yを殴打しその他脅迫の言辞を弄して居る場所にかけつけK及びNと強いて同女を輪姦せんと共謀し少年に於てYの腕を捕え俺はドスを持つているんだ、言うことを聞かないとやつてしまうぞ等と申向けて脅迫し両名を同区矢口町九四七番地先多摩川の川辺に連行し先ずYの顔面を手拳にて殴打し同人が逃げ去つた後にNが前記F子を草むらに引き摺り込み仰向けに押し倒し馬乗となり口や者を押えつけ少年がズロースをはぎ取つたのでその股間に入り陰茎を同女の陰部に押しつけ続いて少年もその股間に入り込み陰茎を同女の陰部に押しつけたりしたが、いずれもその抵抗に依り陰茎を没入するに至らないで止つた。
第二 昭和三五年二月一一日午後二時頃大阪市城東区○○○×丁目○○○番地工員寮○田○雄の居室に板壁を破つて侵入しその机の引出等にあつた現金五千円及び衣類製図器等八点一万三千五百円相当を窃取し、
第三 昭和三四年六月一三日以来当庁の前記第一の非行の保護事件につき在宅試験観察となり、両親の許に帰り工場に就労していたが同年八月五日再度無断にて家出し、同月八日迄渋谷駅附近の愚連隊のてき屋○田組の若衆T某の許に身を寄せ百円旅館等を泊り歩き露店の煙花売をなす等その性格及び環境に照らし、罪を犯す虞ある状態にあつた、
もので以上の事実は少年の審判廷に於ける供述、その司法警察員に対する供述調書五通Y及びF子の各司法警察員に対する供述調書○田○雄の被害届を綜合して認め得られるが、軽自動二輪車の持出は少年も他の共犯とせられる他の少年も後刻これを返還して置く心算であつたと弁解し、これを覆す証拠も状況もないから領得の意志を認め難い。
第一のYに対する暴行脅迫は刑法二〇八条、二二二条、六〇条罰金等臨時措置法三条に強姦未遂は刑法一七七条前段一七〇条、六〇条に第二の住居侵入窃盗の所為は同法一三〇条二三五条罰金等臨時措置法三条に第三の非行は少年法三条一項三号に該当
するのであつて、両親保護者の少年を手許に置いて善導しようとする意図を諒とするが少年はこれに服しないで家出浮浪の癖があり、犯罪性も亦その手口等よりして高度であり鑑別結果を斟酌すると収容保護の必要があるから少年法第二四条第一項第三号を適用して主文のとおり決定した。
(昭和三五年三月一一日 東京家庭裁判所裁判官 鈴木正二)